【音静庵】
 
礼儀正しく慎ましく…そして自分らしく
 


■教育環境の理想

教育は、国の柱でる。
その国が繁栄するも衰退するも、
教育によることが大きな比重を占めるのは、
歴史から学べることだと思ふ。

たしかに、国家一元管理には、危ういこともある。
「特定アジア(中・朝・韓)」のように、国家をあげて、
反日教育を施してきた結果が、今春の反日暴動なのであろう。
全国画一的におこなった「ゆとり教育」も、
そのひずみが大きな社会問題化している。
そういうことを考えると、
各地域の特性を活かしての教育は理想ではある。

なれど、職員組合の影響力が、教育委員会にまで及び、
教師自身の主義・思想を生徒達に刷り込ませている教師が散見される今日、
果たして、地域での教育に、外部からの圧力をはね除け、
中立性を保つ教育が出来るのであろうか。

杉並の教科書採択の経過をヲチしていると、
市民団体と言ふ名の団体の後ろには、中核派なる思想団体が見え隠れし、
さらには、日本の教育に関して、在日外国人団体の干渉も散見する。
意味を取り違えた「ジェンダー教育」「早期の性教育」など、
地域に与えられた自由裁量という教育の中には、
目を覆いたいものがある。

国家管理であれば、抗議や干渉にも、
 「国の方針です」
と、矛先を国に向けることが出来るが、
地域に管轄を委譲すれば、都道府県や、教育委員会などが、
その矢面に立たざるを得ない。
圧力に弱いのは、今回の教科書採択などを見ていると、
厭という程に、見て取れる。
そんな環境で、しっかりと子供達の為の教育がなされるのであろうか。

そういう部分を含め、教育環境がきちんと機能するならば、
地域特性を活かした教育は理想的な環境になると思ふ。
しかし、財源面からみただけでも、
地域格差が生まれることが予想される現在、
地域にある程度の自由裁量範囲を認めた上での、
国家管理も納得せなばならないだろう。

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と、堅苦しく並べましたが、地域に任せて大丈夫!というのは、
誰が決めるんでしょう?
知事の施政能力や、県議会・教育委員会への悪意ある干渉等、
危惧してしまうのは、考えすぎなのでしょうか。
反日思想を持つ施政者や議員が輩出した場合、
「どこの国の教育?」となるでしょうし、
そういう教育を受けてそだった子供達の将来は、誰が責任を取るの?
他国の国旗を焼いて、首相の写真を焼いて、嬉々としている国々の姿を見ると、
日本で育った子供達には、あ~いう風にはなって欲しくないと思ふ。



関連エントリー:カテゴリー「教育」をご参照下さい。


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10/31(月)08:27 | トラックバック(2) | コメント(0) | ◆ 教育 | 管理

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