【音静庵】
 
礼儀正しく慎ましく…そして自分らしく
 


2005年8月4日を表示

■あの日から20年・・・御巣鷹の夏

肉親を亡くされた方の記事です。
記憶しておきたので、エントリー。


自衛隊員に抱かれて、ヘリコプターにつり上げられていった、あの彼女も幸せな生活を送っているとか・・・
他の3人の方も、幸せに過ごしていらっしゃると良いんですが・・・


Yahoo!ニュース - 読売新聞
御巣鷹で父亡くした歯科医、尼崎事故で身元確認に奔走
20年の時を経て、「8・12」が巡ってくる。1985年8月12日、群馬県上野村の御巣鷹の尾根で起きた日航ジャンボ機墜落事故。単独の航空機事故としては史上最悪の520人が犠牲となり、調査の結果、修理ミスによる後部圧力隔壁の破断が原因と結論付けられた。

 運航ミスや管制トラブルが相次ぎ、日航に対する異例の事業改善命令が出された今年、遺族たちは、「安全軽視」を改めて問いただす。

 「少しでも早く」。墜落事故で父を失った兵庫県豊岡市城崎町の歯科医河原忍さん(56)は、今年4月のJR福知山線脱線事故で、遺体安置所に急いだ。遺体の歯型から身元確認にあたった。

 振り返れば20年前も、同じ気持ちだった。歯科医の父、道夫さん(当時64歳)は東京出張の帰りに羽田発大阪行き日航123便に乗り合わせた。「自分の手で一刻も早く見つけたい」。御巣鷹の尾根から約50キロ離れた群馬県藤岡市に駆け付けた。地元の歯科医の勧めで、事故2日後には白衣姿で身元確認に加わった。

 2週間にわたって遺体安置所に通ったが、父の遺体確認はできなかった。何とか見つかったのは左腕と頭皮。遺品は、焼け焦げた革靴、壊れた腕時計だけ。何の力にもなれなかったとの思いから、宿泊所の風呂で泣いた。「おやじ、ごめん」

         ◇

 しかし、ここでの経験は、歯科医としてのその後に影響を与えた。群馬県の医師や歯科医でつくる「警察医会」が、身元確認を続ける活動を目の当たりにし、歯科医の弟、悟さん(51)らと兵庫県での結成を働きかけた。

 翌86年に設立されると、2人も警察歯科医に名前を連ねた。10年前の阪神大震災では約1か月間、同僚と68人の身元を確認した。

         ◇

 JR脱線事故では、遺体安置所となった尼崎市の体育館に駆けつけた。「息子を生きたまま返せ」。JR職員に殴りかからんばかりに詰め寄る男性。その手を取り、「私は日航機墜落事故で父を亡くしました」と打ち明けた。

 「一刻も早く(遺体を)お返しするように頑張っています」と静かに声をかけた。男性は「わかりました」と一筋の涙を流した。

 損傷が激しかった遺体の確認に取り組んだ。就職活動用のスーツの遺体が大学4年生の長男(22)の姿とだぶった。親と子が突然、永遠に引き裂かれる悲しみがあふれた。

         ◇

 身元確認の作業は、「遺体が語りかけてくる事実を受け止め、その死を生かすこと。それが生きる者の使命」と受け止める。それでもやりきれなさは募る。最近の日航機のトラブルについて「あの墜落事故から何が変わったのか。安全が忘れ去られていないか。命の重さを立ち止まって考える時」と語る。

 12日は自宅で静かに父の遺影に手を合わせ、安全への祈りを込める。あの時に引き戻され、張り裂けるような心を押しとどめて。
(読売新聞) - 8月3日19時29分更新



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