生物学的男女の相違は、歴然とあるんですよね。
どうがんばっても、元の造りが違うんだから、張り合いようがない。
でも、得意なことは、人それぞれ。
これは、男女差ではなく、個人差なわけで・・・。
それを何でもかんでも、男女同じにしようと言ふ方が不自然。
伝統だって、そう。
がんばっても、男に出来ないことが有り、
女に出来ないことも有る。
それを双方が、尊重し有って、折り合って生きていった方が、
どちらかにしわ寄せが来なくて良いと思ふワタクシは、古い人間かな?
法制化も大事だけれど、「無理矢理・早急に社会的性差を無くせ」と、
拳を振り上げたって、どこかに、歪みが出てくるものではないのかな?
「男だから、女だから」ではなく、「人それぞれ」ってことで、
社会に生きていけば、楽チンなのにねぇ。
ジェンダーフリーで良く、例に出されているようですけど、
『桃太郎』がイケナイなら、『かぐや姫』は?
それじゃ、源氏物語なんて、どーすんだろう ?(`・ω・´)?
街中に多く見られる「女性プラン」とかも、抗議するのが当然だわよね。
でも、寡聞にして、ジェンダーフリー論者から、
「女性プランがけしからん」と抗議されたと言ふことは、
聞いたことが無いわねぇ。
これこそ、性別での差別じゃないの?
で、話はずれますが・・・
『桜 魂(12/15分)』の処に紹介されている
“さかもと未明”さんのコラムに、
思わず拍手!!"ハ(^∀^)パチパチパチ・・・
是非、読んでみてください。